選択の基準

人生は選択の連続だ。

私の場合、何かを決めるときはピンとくるかどうか、で決めてきた。自分の直感を信じてきたのだ。

中学高校の部活動、大学、大学の部活動、新卒就職先。どれも選んだときには、これといった明確な理由はなかった。あ、いいかも、好きかも。という感覚を第一に優先してきた。

結果、それぞれにおいて大変なことも経験したけれど、とにかく全部夢中でやることができた。そしてふと、夢中になれたのは、選んだ理由が特になかったからかもしれないということに気づく。直感で選択したからこそ、自分の中で固執するイメージもなく、柔軟に適応することができたのだろう。


さて、そんな風に自由奔放だった私も、母になった。するとどうだろう、これまで直感を頼りに物事を決めてきたわけだが、そうもいかなくなった。

すべての決定において、子どもたちのことを考慮する過程が加わった。今までしてこなかったからこれが苦痛とか、そういうことではない。子どもたちのことを最優先に考えることは当然のことなので、そうした思考は自然とするようになったことだし、今ではすっかりその思考が染み付いた。何を決めるにも、子どもたちのかわいい顔がまず目に浮かぶ。

しかし、以前にも書いたが、子どもたちはいつまでも幼児ではない。日々頼もしく成長してくれているし、少しずつ自立しつつある。

だから最近は、私も昔の感覚を取り戻していい頃かなと思い始めている。これから何かを選択し決定するときは、私の希望や、いいかもという直感をもっと織り交ぜていけたらと思っている。私自身の「楽しそう」「やってみたい」という気持ちを大事に、挑戦だって色々していきたい。


でももうひとつの本音を言えば、少し不安もある。子どもたちを最優先にすることに慣れすぎたせいか、私自身の希望を叶えることに後ろめたさみたいなものを感じるからだ。

でもいつまでも私が不安げに「子どもたちのために」と言い続けることは、彼らのためにならないのではないか。子どもたちの成長とともに、私も少しずつ子離れしていかなくてはいけないのだろう。彼らもいつか自立して、それぞれの人生を歩んでいくのだから。

思い切って飛び込んでみよう。うまくいかなかったら、そのときまた立ち止まって考えればいい。それくらいの気持ちでいこう。

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