私には忘れられない味がある。それは高級料理でもなければ、大好物でもない。一杯のお茶の味だ。
私は結婚を機に実家を離れた。遠く離れた土地での生活ではあったが、仕事も続けていたし、もともと両親とは適度な距離感を持っていたからか、寂しさというのはそれほど感じていなかった。なにより初めての家事に悪戦苦闘していたので、毎日が慌ただしく過ぎていたように思う。
そんな中で第一子を授かった。仕事を退職し出産すると、当然だが生活はがらりと様相を変える。わが子たちはたまらなく可愛かったが、寝不足の日々と自分のペースでは生活できない歯がゆさ、そして日中のふとした時に襲われる強烈な寂しさに心が押しつぶされそうだった。仕事をしていた時にはあまりに普通のことで気がつかなかった。大人と話すこと、誰かに話をきいてもらえることが、心をこんなにも支えていたんだということに。
えーんえん、わが子の泣き声が響く。
ピンポーン、玄関のチャイムがなった。
「こんにちは。大丈夫?」
そこにはお隣のおばさまの姿があった。わが子は泣いているし、今日は誰にも会わないと思っていたから身だしなみもきちんとできていない。それでもなんとかお返事くらい、そう思って玄関のドアを開ける。
「こんにちは、ごめんなさい騒がしくて。」
そういう私におばさまはこう言った。
「いいのよ、それよりちょっとうちに遊びに来ない?」
わが子の機嫌はよくないし、なんだか申し訳ない気持ちになりながらも、お言葉に甘えてお邪魔することになった。おばさまの家に上がって、しばらくするとわが子も落ち着いたようで泣き止んでくれた。
するとおばさまは私の前で、お茶を一杯入れてくれた。どうぞと出されたお茶を一口、その瞬間に体がぐっと温まるのを感じる。あったかい緑茶。心と体に染みわたる味に、緑茶ってこんなに美味しかったっけ、そう思った。
そこからはあふれ出るように言葉が出て、おばさまとの会話が弾んだ。ついさっきまで感じていた寂しさも、楽しい時間がかき消してくれたようだった。ありがたいことに、おばさまは時々こうして私をお茶に誘ってくれ、その度に私は心から救われるのだった。
数年後、私たち一家は引越すことになり、別れは胸を締めつけた。それでもおばさまとは繋がっていたくて、今でも年賀状を送り合っている。子どもたちの成長を伝えることで、これからもあの日々の感謝を伝え続けたい。
時は今日の昼下り。ガリガリガリと、心地よい音がする。
娘がミルでコーヒーを挽いてくれているのだ。お湯を90度に温めつつ、ミルクをホイッパーで泡立てる。
…しかしなかなかスマートにはいかず、挽いた豆にお湯を注ぐうちにミルクの泡がしぼんでしまった、と慌てる娘。それでも、いくつかの工程をなんとか一人でこなし一杯のコーヒーを完成させた。
「ママどうぞ」
そう言って出されたコーヒーとチョコレート。口に広がる甘みと、少しの苦味にたまらない気持ちになる。きっと、私はこのコーヒーの味も忘れない。
おばさまの緑茶、娘のコーヒー。
どちらも私のために、そして私を思う気持ちで作られた一杯。今も昔も、やさしさに包まれていたことに気がつく。とても幸せな午後だ。
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