雨の季節

ざぁざぁという音。雨の季節がもうすぐそこまで迫っている。このところ降る雨は、強い風も連れてくる。雨は嫌いではないけれど、激しさを感じるものよりも、しっとりとどこか憂いのある雰囲気の方が好きだ。

ふと窓を眺めると、網戸で羽を休める小さな虫たちが目に入る。雨の日にはよく見られる光景だ。

私たちにとっては小さな雨粒も、彼らには大きな傷を与える。雨の中、晴れ間を探して飛び立って羽を痛めることはないのだ。じっと、雨が通り過ぎるのを待つ。


心の中にも雨は降る。それは悲しみだったり、怒りだったり、苛立ちだったり。今ではそれほどないことだが、この雨に翻弄されることが昔はよくあった。

子どもたちがもっと小さい頃、思うようにいかないことは山ほどあった。その度心には強い雨が降った。ざぁざぁと心をかき乱す音をなんとか止めたくて、子どもたちを叱ることもたくさんあった。時には強い言葉を使ったこともある。

叱っているうちに、私の言葉を聞いてポロポロと涙を流すわが子。その時はっとするのだ。私はこの子を泣かせたかったの?と。そうまでして伝えたかったことは何?そして、この状態で本当にそれが伝わったの?と。

子どもたちには、私に強い言葉で責められた記憶しか残らないのではないか。私がただ納得したかったために、必要以上に傷つけたのではないか。そうして、私は深い深い自己嫌悪に陥る。

それを何度か繰り返すうちに私は、自分の中に沸く相手に「分からせよう」「反省させよう」という気持ちはとても危険だと感じるようになった。そういうときは、無意識下に「傷つけよう」という気持ちも潜んでいるから。

相手を攻撃しているときの自分、それはまるで強い雨の中を飛ぶ小さな虫だ。晴れ間を見つけようとして、じたばたと羽を動かしている。気づかぬうちに自分をも傷めつけているのだ。


心に雨が降るときは、深呼吸をしてそっと羽を休める。虫たちのように、じっと晴れ間を待つのだ。無闇に羽ばたいて、他人や自分を傷つけることはない。ざぁざぁという音も、心配するほどそう長くは続かないのだから。

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