あなたの中の私

おやつの時間。わが家では、おやつBOXの中から食べたいものを子どもたちがピックアップして食べる。小分けのスナック菓子やグミ、チョコレートにキャンディなど。

わが子たちはさほど食が旺盛ではない。おやつを食べすぎると夕食に響いてしまうので、私は「好きなものを選んでいいけど、食べすぎないように!」と口を酸っぱくして伝えていた。そのせいか、時々子どもたちの方から「これとこれを食べたよ!」と私に伝えてくるようになった。別にそのことを強要しているわけではないのにだ。

これってつまり、おやつを食べようとする子どもたちの中に私がいるということだと思う。子どもたちの中に私が内在化していて、「食べすぎないように!」と声をかけているのだ。これについては私も思い当たる節がある。


私の父は、とにかく時間に厳しかった。例えば出掛けるときに家を出る時間、父が指定した時間に遅れるなんて言語道断、すこしでもモタモタしようものならカミナリが落ちた。誰かとの待ち合わせ時間、こちらももちろん遅れることは許されないため、5分前行動ならぬ30分前行動だった。30分くらいなら現地で時間を潰せばいいだろうという感じ。

幼少期からそんな具合で生活していたためか、約束などの決められた時間があると、今でも私の中に父がどっかりと座り込んで「早くしなさい」と急かしてくる。お陰様で今まで生きていて時間に遅れることはあまりなく、そういった意味では信頼を失わずにこれて良かったのかもしれない。父に感謝である。

ただ、やはり子どもが3人もいると思うように支度が進まずに、出発時間が想定より遅れることもある。そのときのハラハラ感や焦り、心配…これは絶対に私の中の父が「何してるんだ!」と声を荒げているせいだと思う。

そんなわけで、今でも私の中には父が内在化していて、時折やかましく声をかけてくる。つまりきっとこのままいけば、わが子たちが大人になっても「おやつを食べすぎないように!」という私が存在することになるだろう。…なんだか少し可哀相な気もしてきたので、これからはあまり言い過ぎないようにしたい。


ただ、親が子どもの心に内在化することは悪いことではないと思う。まだまだ未熟な彼らの判断基準として、力になることもあるだろう。

気をつけなくてはならないのは、子どもたちの中の私が、彼らの自由を奪う存在になってはならないということだ。常に親に見られているような、これをやったら怒られるかもしれない…というマイナスの思考を与えてはいけない。

彼らの中に私がいることで心強くなれるような、きっとお母さんなら大丈夫って言ってくれると背中を押すようなプラスの存在でありたいと思う。そうなるためには日頃からどんな私でいればいいのか。急に小言を減らすのは難しいけれど、快活で笑顔でいることが大事かなとは思う。

さぁ、子どもたちが帰ってくる。まずは元気に「おかえり!」から始めてみよう。

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