苦手との向き合い方

私は、掃除や整頓は自分の心の安定のため、そこそこにやっている。しかしその他の家事については、そこまで意欲的ではない。洗濯は終わればすぐに干さなくてはならないものだし、料理は得意でも好きでもないけど、家族のリクエストに応えたり、健康のためにする感じ。必要に駆られてやっている。

なので、総じて見たら問題なくこなしているようだが、どうしても苦手なことがある。皿洗いだ。

きっかけ」の記事でも書いたが、私は見えているところがきれいなら、細かいところは気にならない性分だ。なので食後にお皿をシンクに片付けて水に浸し、リビングで一息ついてしまえば最後、腰は重くなかなか片付けることができないのである。洗うのも、洗ったお皿をしまうのも面倒で後回しにしてしまう。朝食後は昼食があるからその前に仕方なく片付ける、昼食後は夕食があるからその前に仕方なく片付ける。しかし、夕食後の皿洗いは、眠気も相まって全くやる気になれない。ああ、思い返しながら書いているだけでもつらい。


苦手に直面したとき、私はどうするかというと、
なんとしてもやらざるを得ない状況をつくる。今回の皿洗いについて、私が私のためにたてた作戦は2つ。1つ目はお皿の水切りかごを小さくすること、2つ目はお風呂の直後にお皿を洗う決まりを作ることだ。

水切りかごが小さいとどうなるか。洗い終わったお皿をさっさと片付けないと、次のお皿洗いが出来ないのだ。水切りかごが大きく、余裕があるものだと、私のような人間はそこに洗い終わった皿をどんどん溜めていく。前に洗って乾いている食器が濡れてしまう、なんて思考は残念ながら働かないのだ。「水切りかごを小さくする作戦」は、なかなかの強硬手段ではあるが、効果は絶大である。さらにはキッチンを広く使えるので、実はメリットもある。

つぎの作戦、これは夕食後の皿洗いをなんとか自分にやらせるためのものだ。お風呂の直後は色々と忙しい年齢の私。肌の手入れも髪の毛を乾かすのも、できるだけ早くやらなればならない。そんな心理を利用する。この手入れの前に、皿洗いを挟むのだ。この隙間でやらなればならないと決めると、皿洗いは一刻を争う作業となる。「お風呂の直後に皿洗い作戦」もなかなかに効果的で、面倒だなぁという感情が生まれる余地を減らすことができる。…しかしながら、この作戦はその日の体調や気分によっては失敗することもある。


自分で書いていて、なんだか情けなくなってきた。こんなにも追い込まないとお皿が洗えない私って一体…である。しかし、同時に私は思う。やらなればならないのに気が乗らないことは、きっと誰にでもあるのだ。だから、なんで出来ないんだろう、私ってダメだなとモジモジ落ち込むよりは、強制的に状況を変えたほうが早く解決することもあると。

これが私の向き合い方。皆さんはどうやって苦手に向き合っていますか?

コメントを残す

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう