夫婦のかたち

先日の記事を書いていて思い出したことがある。ありのままの自分でいいよ、と伝えてくれた人がもう一人いたことに。私の夫である。

私は自分の性格を八方美人と感じているが、こと恋愛に関しても、この八方美人は遺憾無く発揮されてきた。恋愛において八方美人という言葉は適していないかもしれない。何というか、私は「自分を好きでいてほしい」という思いから、相手のために何かをしてあげなくちゃといつも思っていた節があった。そしてそんな自分に価値があると思っていた。恋愛とはそういうものだ、という思い込みの若さもあったかもしれないが。

結婚前の夫に対しても、私は甲斐甲斐しく寄り添っていた。そんなある時、夫に言われたのだ。

「俺に何かをしてくれるから、君と一緒にいるわけではないよ。」

ここまでかっこいい言い回しではなかったと思うが、そんなようなことを言われた。正直、何か聞き間違えたかな、と思った。彼のために尽くす私を好きでいてくれるんじゃないの?と。じゃあどうして私と一緒にいるの?と。頭にタライでも落ちてきたような衝撃だった。

「そんな風に気を回さないでよ。ありのままでいてくれた方がずっといい。」

頑張りすぎる私への彼なりの思いやりの言葉だったのか、はたまた尽くした分だけ無意識に見返りを求める私を牽制した言葉だったのか(笑)今となっては分からないが、いずれにせよ恋愛の真っ只中に、そんな風に声をかけられたのは初めてだった。そして肩の力がふっと抜けるのが分かった。


そんな夫とも、連れ添って十数年になる。新婚の頃、これまでの生活環境の違いからぶつかることはあったが、それも最初の数ヶ月もすればなんとなくお互いに歩み寄ることができた。私たち夫婦は、子どもたちのことについて「もっとこうしてほしい」とお互いにお願いすることは今でもあるけれど、夫婦間で相手に要望を伝えることはほとんどなかったように思う。お互いに「そのままでいいよ」というスタンスだ。人間関係で気負いすぎる私にとっては、何も気を遣わずにいられる家庭があること、これ以上に安心できることはない。


私たち夫婦はお互いを高め合うような関係ではないし、気遣いや優しさで支え合う関係でもない。

他の人から見たら羨ましく思われることもないだろう。けれどそんなことは別に構わないのだ。誰かに、いいなと思われるために夫婦になったわけではないのだから。むしろ、羨ましがられて気持ちよくなっているとしたら、それは少し違うように思う。

夫婦の数だけ夫婦のかたちがある。誰かと比べなくていい、愛のかたちはひとつではないのだから。

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