やさしさの目的地

私は老人福祉施設、デイサービスで働いている。ざっくりとした説明にはなるが、デイサービスは、介護を必要とする利用者様が日中を安心安全に過ごしていただくための施設だ。来所されると、入浴やリハビリを行い、昼食を召し上がる。レクリエーションや余暇活動を楽しんだ後、夕方にはそれぞれの自宅などに帰る。

安心安全、これは利用者様が施設で過ごしていただく上での大前提であり、私たち職員は細心の注意を払ってこれを支えている。それでも何度か、職員として情けない話だが、利用者様が転倒してしまう場面を見た経験がある。その瞬間の映像は、スローモーションとなって鮮明に私の記憶にこびりついているし、申し訳ない気持ちと、後悔がいつまでも残っている。


先日、利用者様と楽しむレクリエーションの計画書をいくつか作成し、上司に提出した時のことだ。私のどの計画書にも”転倒のリスクを回避するために座った状態で行う”と書かれていたことに指摘を受けた。

「私たちデイサービスという施設が、そこで働く職員が、利用者様とその家族にするべき支援は何だと思う?」

「私たちがするべきことは、利用者様が施設へ入所するのを出来るだけ遅らせること。つまり、利用者様が少しでも長く家族と一緒に暮らせるような支援をすることだよ。」

あぁ、しまった。そう思った。確かに利用者様を転倒させてはならない。その場面が記憶にこびりついている私は、あまりにもそのことに囚われすぎて、肝心なことを見失っていた。少しでも長く自宅で暮らすために必要なことは、利用者様の自立度を保つこと、そしてその一つとして自分の足で歩けることが最重要といってもいい。座った状態での活動は転倒のリスク回避にはなるが、歩行を助ける訓練にはならないのだ。

上司は続けた。

「机の上に鉛筆があるとするでしょう?手先の動作が不自由な人にとっては、それを取ることはとても難しいこと。私たちがするべきことは、その鉛筆を取って渡してあげることではなくて、鉛筆を机の端から少しはみ出すように置いてあげること。そうすれば、手先の動作が不自由な人でも鉛筆を自分で取ることができるから。」


介護をする人間として、やさしさや思いやりを持つことは必要なことである。けれど、やさしさ、思いやりと称して、利用者様から出来ることを奪ってはならない。

とはいっても、困っている様子の方がいればとっさに助けたくなるのは当然だし、その手助けを躊躇する必要はないとも思う。だからこそ、今回のようにじっくり考える機会が与えられたことは幸運だった。時々日々の仕事を振り返る時間を作ってみる。そんなときに立ち止まって考えてみることが大切だ。

私のやさしさや思いやり、どこに向かっている?間違ってない?これからもそう自分自身に問いかけていきたい。

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