その日は突然に

子育てとは、待つことだ

これは3人の小学生をもつ私が、これまでの経験から個人的に確信を持っていること。

こちらがどんなに一生懸命になっても、こどもはやりたくないことはやらない。やってほしいと伝えることはあるし、うながそうとすることはあるけれど。あまり期待しないでおいた方がいいと思っている。


長女が2歳ぐらいの頃だろうか、彼女は自宅以外のトイレでは絶対に用を足してくれなかった。無理にさせようものなら泣きじゃくって拒否するので、無理なんだと諦めた。これは本当に大変で、外出時間は短時間に限られるし、出先でトイレと言われたら自宅にとんぼ返りしなければならなかった。今考えればオムツを履かせてあげればよかったのにと思う。当時の私は、トイレトレーニング中だったこともあり、オムツをしてしまうとせっかくのトレーニングが無駄になってしまう…と布パンツにこだわっていて窮屈な生活を続けていた。

この子はこのまま出先でトイレができないのでは…とちょっと本気で思ったし、心配したけれど、いつの間にかできるようになっていた。(あんなに悩んでいたのに、いつ解決したのか覚えていないのが不思議だ)

長男もこれまた2歳の時、彼は思うようにいかないことがあると、疲れて果てて眠るまで泣き続けるようなタイプだった。場所なんて関係なかった。私の写真フォルダには、玄関で靴を履いたまま、冷蔵庫の前で、など様々な場所で力尽きて眠る彼の姿が収められている。こう書くと無情な母に思えるが、泣いている彼に優しい言葉をかけたところで、何の救いにもならなかった。どんな声かけも火に油だったので、気の済むまで泣かせるしかなかったのだ。幼稚園の入学前には、担任の先生に「癇癪持ちで、泣き出すと切り替えるまで時間がかかります」と何度も伝えて、一体どうなってしまうのかと心配したけれど、入園してしまえばなんのその。嘘のように大人しく過ごすようになっていた。

さあ、最後は次女。彼女は迷子の達人だった。自分の興味があるものが目に入ると一直線。手を離したら次の瞬間にはもういなくなっている、そんな子だった。玄関を一歩出る時には必ず手をつないでいたし、鍵を閉めるときには手を持ち替えてでも握る、そうやっていないと心配でならなかった。この時もそう、この子と手を離せる時は来るのだろうかと不安でいっぱいだったけれど、今となっては姉兄よりも早く一番に家を出ては、元気に小学校へ通っている。


こんな経験を思い出したのは、先日長男が「ギターを習ってみたい」と言い出したからだ。

わが家では、こどもたちからやりたいと言い出すまでは特に無理強いして習い事はさせなくてもいいか、という感じで私も夫も構えている。とはいえ、小学校にも慣れたし、そろそろ自分の世界を広げてもいいのにな、と思ってはいたので「何かやりたいことはない?」と去年ぐらいから長男に声かけはしていた。ところが「今はいい」の一点張りだったので、じゃあいいか、と私も忘れていた今になって急に言い出したのだ。そういえば長女も「家が好きだから習い事はしない」と頑なだったのに、突然「ピアノをやりたい」と言い出して、習うことになったんだった。


親の心配や期待とは関係なく、その日は突然やってくるのだ。

だからまあ気長に待つ、そして出来なくてもやらなくてもがっかりしない。

きっとそれは、彼らが大きくなっても変わらないだろう。どんな突然が訪れるのか、楽しみだ。

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